けけらの河童と13人の魔法使い


"「ねえ、お母さん、結婚したら一緒に住むって話、考えてくれた?」
「ダメよ、何を言ってるのよ。せっかくの新婚生活なのに。慎一さんにだって迷惑がかかるじゃない」
「大丈夫だって。慎一さんちは資産家で家だって大きいんだから。べつに気にする必要ないって」
「そういう問題じゃないわよ。『嫁入り道具に余計なモノまで付いてるわね』なんて笑われたら、
お母さん、恥ずかしくって相手のご家族に顔向けできないわよ」
「あははは、出来ちゃった結婚で嫁入りしようっていうのに、今更恥ずかしいことなんて何もないってば」
「あら・・・大きなお腹抱えて大笑いして・・・いい大人が子供みたいに。あなた、もう三十歳でしょう? すこしは大人らしくしなさいな」
「まだ二十九ですよーだ。とにかくさ、結婚したら一緒に住も。今日はこれから慎一さんとデートなんだから、きちんと話をすれば大丈夫だって」
「いやよ、お母さん、同居なんて。慎一さんだって嫌がるに決まってるわ」
「だってこのままこの家で一人で暮らすってわけにもいかないでしょう。二十年前にお父さんが死んで、もう貯金だってほとんどないのにどうやって生活していくの?」
「パートでもなんでも働けば一人分の食い扶持くらい稼いでいけるわよ」
「いままで働いたことだってないんだから、いい年して今更働きに出るなんてムリに決まってるじゃない」
「まったくこの子は減らず口ばかりで・・・。ほら、そろそろ慎一さんが迎えに来る時間よ。準備しないと」
「あら、ホントだ。じゃあ、お母さん、お小遣いちょうだい」
「もう、この子ったらもうすぐ三十になるっていうのに・・・。ほら、これで美味しいものでも食べてきなさいな」
「ありがとう、お母さん。じゃあ、お寿司でも食べようかな」
「お腹がすくからって食べ過ぎちゃだめよ。お腹が大き過ぎると体だって危ないんだからね」
「はーい。いってきまーす」

「おまたせ、慎一さん」
「どうしたの? ずいぶん時間かかってたようだけど」
「ごめんなさい。息子の相手してたら時間がかかっちゃって」
「ああ、ニートのまさゆきくんか。さっき元気に寿司屋に入っていったが・・・。ありゃ太り過ぎなんじゃないか?」
「ええ。今度生まれてくるお腹のこの子にはあんな風になってほしくないわ、まったく」
"
— 5 days ago
"明日発売のiPhone6に銀座で400人が並んでいるそうである。「こいつらアホか」と呆れると後輩から「今並んでるす」とメールがあった。「貴様iPhone好きなのか?」と聞くと「銀座にテント張って寝られるのってこんな時だけすから。並ぶだけで買わないすけど」なかなかに文学的な男である"
— 1 week ago with 1315 notes
"「先生、○○科で名医はいないでしょうか」という質問が来ました。


ホイ来た。それは当院でのFAQです。患者の住所を確認。
そしてその近隣には名医のA先生がおられます。


(きっといつものパターンだろうな)と思い、慎重に聞いていきます。


「あなたはS市にお住いでしたね」

「はい」

「もうすでに近隣の先生にはおかかりである、と考えてよろしいですね」

「はい」

「では、評判の良い、患者のとても多い先生にすでにおかかりになったのではないですか?」

「はい。A先生です」

「やっぱり、それでどうなりました?」

「実は一ヶ月ほど前にかかったのですが、処置して、これで治ると言われたんです」

「なるほど。しかし治らずに黙って別の医院に行きましたね?」

「そうなんです。またなってしまったので、今度はB病院に行きました。そうしたら、B病院では前の処置が悪いと言うんです」

「なるほど、でもB病院でも治ってないんでしょ?」

「そうなんです」

「私、A先生は名医だと思ってます。厳しすぎるっていう評判もありますけれどね。まず、見立てが良いです。診断が正しい。これは大切なことです。実はB病院でやっている定期的な研究会がありまして、私それに出るんですけれど、そこで毎回発表されている開業医ってA先生だけです。他の先生たちより圧倒的に珍しい症例が多いです。そしてとても頭が良いです。こういう研究会でどういう活動をしているのか、って実は医者の実力を一番知るいい機会。名医だと思う次の理由は患者が多い事です。あんなに厳しくてもやっぱり多いんです。どうしてか。治るからでしょ?あと、あなたにもそうだけれど、『治りますよ』って言ったんでしょ?つまり混んでいるのは次回も来なさいと強制しているからじゃないっていう証明です。混んでいる医院の中には予約を必ずとるところが多いですからね。でもそうじゃないことがあなたの言動からわかって、良かったです。ますます名医だと確信を持ちました。さて、B病院。診てくれた先生、ひよっこでしたよね?」

「ええ、まあ。若い先生で」

「B病院が損してるなあと思うのは、前の医療機関の批判を必ずする先生が多いってところです。自分が上手くいかない時の保険をかけちゃう」

「自信がないんでしょうか」

「だとすれば、損ですよね。きっと上の先生の言動を真似しているだけなんですけれど。そこがB病院の惜しいところです。でもあなたが紹介状を持っていかないのが悪いんですけれどね。今聞いたところではA先生の処置は正しいです。でもね、あなたは再発をするリスクを持ってる。これは再発してからわかります。再発してから情報を集めるのが効率が良いですからA先生のやり方は正解だと思うんです。だからあなたが失敗だったのは治らなかった時にA先生のところにもう一度行かなかったことです。名医ってのはまた来いとは言わないことが多いです。だって患者さん減らしたいんだもん。そこで淘汰されるわけ。あなた淘汰されちゃったんです。だからあなたの通院パターンでは誰も名医になることは出来ません。逆にいうとあなたは名医にはかかれないんです」

「えー」

「だってそうでしょ。最初から名医にかかっちゃってるんです。でも親切でもない、手取り足取りでもなかった、という理由で二度とかからなかったんです。名医はなんとなく患者さんを減らそうとする、という法則があることさえ知っていればねえ。惜しい。ちなみに名医はこんな無駄話はしない」

「じゃあもう一度かかるのが良いんですね」

「です。治らなかった時こそ名医の真価が発揮されます。そこから糖尿病とか膠原病とか別の病気が見つかることがある。良い患者さんというのは先生とのコミュニケーションがうまい。あなたもそうなれるようにしてください」



名医を探している人にある程度共通する特徴があります。

1)自分がかかっている医師の真価がわからず素通りしている。
2)なぜなら「後医は名医」の法則を信用しすぎており、あとに聞いた意見を優先するから。
3)コミュニケーションが上手いと思っているけれど、本当は下手で、前に引き返すことが出来ない。

常にベルトコンベアーに乗っているかのように、一方通行でドクターショッピングをする人に名医を見つけられるわけがありません。


ほとんどがこんな具合なので、まずはその人の経過を聞いてみます。すると途中ですでに答えを出してくださっている先生がおられ、しかしそこを無視して通りすぎてしまっている、という事がよくあります。そして通りすぎてしまう理由がコミュニケーション不足です。

ちょっとだけ考え方を変えると良い医療が受けられるのにもったいないことです。良くならないときにいかに上手く情報を医師に伝えられるか、です。メモを書いて持っていく。自分の病歴を詳しく話す。できる事はたくさんあると思います。"
— 1 week ago with 1347 notes
"

伊集院光:周富徳さんが亡くなって。意外なところかもしれないですけど、僕、周富徳さんの言ったことで、スゲェ俺の中で座右の銘とまではいかないまでも、「はぁ~、そういうことか」って思ったことがあって。

落語家時代に、師匠にスゲェ言われたんだけど、一切分からなかったことで、落語を辞めたあとに、周富徳さんに言われて「そういうことか」って分かって。

周富徳さんって、千種類くらいの中華料理のレシピが全部入ってるっていう風に言われてて。下手したら、もっと覚えてたらしいんだけどね。凄い量のレシピが入ってるって言うわけ。

落語の凄い名人も、千とまでは言わないまでも、数百って台本が頭の中に入ってる、と。それをどうやって覚えたら良いかってことに関して、若手の頃の俺にしたら、分からないわけ。5個目のネタを教わると、1個目のネタを忘れてたから(笑)

サボりサボり、30~40のネタを教わったと思ったけど、できるのは…在庫は5個(笑)だから新しいプログラムを入れる前には、昔のプログラムを消さなきゃいけなかったから(笑)PS3廉価版って感じで(笑)ウチのPS3は容量、少ないヤツだからって感じで(笑)「うわぁ、どうしよう、みんゴル消さなきゃ」って感じだったんですよ。

それで、落語は辞めてしまった後なんだけど、周富徳さんに会って、その話にたまたまなって。バラエティの内容自体はスゲェくだらないと思いましたけど(笑)それで、「どうやって覚えるんですか?」って話をしたら、「(細かい)レシピは覚えていない」って言うのね。

でも、「千種類の中華料理の味は覚えている。味と食べた記憶の見た目は覚えている。そうすると、自ずから『この味とこの色を出すには、これとこれが要る』ってことが分かる。その後は、中華料理のルールに従って、『この食材とこの食材は、こちらを先に入れる』とか、『これにこういう味をつけるには、この下ごしらえをする』って分かる」って言うのね。

たとえば、写真とかムービーの圧縮技術もそうだと思うんだけど。1秒間に30~40コマの写真をバカ正直に全部取り込むとデータ量は増えちゃうけど、ずっと10秒間に渡って黒の点に関しては、「ここはずっと黒」って書いちゃえば、そこに「黒、黒、黒…」って書かなくて良いわけじゃん。1枚目に「ずっと黒」って掛けば、2枚目以降はその一行で済むのと一緒で。

レシピの圧縮技術みたいなことじゃん。そのことを聴いて、なんか俺の中で喋るってことも、覚えるってことに関しても、ちょっと革命みたいなことがあったの。

構成(作家)の渡辺くんはキョトンとしてますけど、電車マニアの渡辺さんに分かりやすく説明するなら、要は、日暮里と西日暮里を覚えるときに、「日暮里、西日暮里」って覚えると、7文字のことを覚えなきゃならない。でも、位置関係の公式が入っていれば、日本橋と東日本橋もそれで覚えられるってことになるんですよ。

そんな簡単なことなんだけど、「基本のルールが入りさえすれば、後はそんなに細かに覚える必要はない」って思って。落語の口調とか喋るリズムのルールをちゃんと覚えていれば、毎回、毎回、セリフを覚えることじゃないってことが分かって。「分かった~3年前に分かってればぁ~」ってことを思い出したのとともに、ご冥福を祈らせていただくのが、こんなに番組前半で入っていいのか、そんなにしんみりして良いのかってことですけど…ご冥福をお祈りします。
"
— 1 week ago with 1486 notes
"結局の所、言語自体というより、その言語を広めるのは誰かという問題なんだ"
— 1 week ago
"Minecraft はマイクロソフトのものになったといえるが、それよりもっと大事な意味で、ずっと前からあなた方全員のものだった。"
— 2 weeks ago
"

明治期までの日本人が、今と比べればとてつもない体力を持っていたということは、当時日本を訪れた外国人の残した多くの文献に記されている。今回はその中の幾つかを紹介してみたい。
 まずは、ドイツ帝国の医師・ベルツの手による「ベルツの日記」から。
 エルヴィン・フォン・ベルツ(1849~1913)はドイツ生まれ。ライプツィヒ大学で内科を修めた後、27の歳に明治政府によって招聘され、以後29年間日本に滞在する。幕末から明治にかけて日本が「殖産興業」を目的に先進技術や学問・制度を輸入するために雇用した、いわゆる「お雇い外国人」の一人だった。東京医学校(後の東京大学医学部)において医学や栄養学を教授し、滞在中日本人女性(花子)を妻に娶っている。
 そのベルツが、ある日東京から110km離れた日光に旅行をした。当時のこととて道中馬を6回乗り替え、14時間かけやっと辿り着いたという。しかし二度目に行った際は人力車を使ったのだが、なんと前回よりたった30分余分にかかった(14時間半)だけで着いてしまった。しかもその間は一人の車夫が交替なしに車を引き続けたのだった。
 普通に考えれば、人間より馬の方が体力があるし格段に速いはずなのだが、これではまるで逆である。この体力はいったいどこから来るのだろう。ベルツは驚いて車夫にその食事を確認したところ、「玄米のおにぎりと梅干し、味噌大根の千切りと沢庵」という答えだった。聞けば平素の食事も、米・麦・粟・ジャガイモなどの典型的な低タンパク・低脂肪食。もちろん肉など食べない。彼からみれば相当の粗食だった。
 そこでベルツは、この車夫にドイツの進んだ栄養学を適用すればきっとより一層の力が出るだろう、ついでながらその成果を比較検証してみたいと、次のような実験を試みた。「ベルツの実験」である。

 22歳と25歳の車夫を2人雇い、1人に従来どおりのおにぎりの食事、他の1人に肉の食事を摂らせて、毎日80kgの荷物を積み、40kmの道のりを走らせた。
 然るところ肉料理を与えた車夫は疲労が次第に募って走れなくなり、3日で「どうか普段の食事に戻してほしい」と懇願してきた。そこで仕方なく元の食事に戻したところ、また走れるようになった。一方、おにぎりの方はそのまま3週間も走り続けることができた。

 当時の人力車夫は、一日に50km走るのは普通だったという。ベルツの思惑は見事に外れたのだった。彼はドイツの栄養学が日本人にはまったくあてはまらず、日本人には日本食がよいという事を確信せざるをえなかった。また彼は日本人女性についても「女性においては、こんなに母乳が出る民族は見たことがない」とももらしている。それらの結果、帰国後はかえってドイツ国民に菜食を訴えたほどだったという。 
 西欧人から見れば粗食と見える日本の伝統食が、実は身体壮健な日本人を育てる源泉だったという証左は枚挙にいとまがない。例えばフランシスコ・ザビエルは1549年(天文18年)に、「彼らは時々魚を食膳に供し米や麦も食べるが少量である。ただし野菜や山菜は豊富だ。それでいてこの国の人達は不思議なほど達者であり、まれに高齢に達するものも多数いる」と書き残している。"
— 2 weeks ago with 855 notes
"たとえば、あなたが何かの仕事をアラブ人に頼まれたとする。あなたはその仕事を引き受ける。

「これは、いつできますか?」と聞かれたとき、もし1週間後にできるものだったとしたら、あなたはどう答えるだろうか。もちろん、日本人は誰でも「1週間後にできます」と答える。

そう答えて、絶対に1週間後にできるように努力するだろう。それが日本人にとって常識だ。これ以外の常識などあり得ない。

ところが、アラブ人に「1週間後」にできると言うと、それはとてつもなく失礼なことに思われて、あなたは激怒される可能性がある。

日本人とはなんとぶしつけで、失礼で傲慢な民族なのかと思われる可能性がある。なぜなら、あなたが「1週間後にできる」と失礼なことを言ったからだ。

アラブでは「明日(ボクラ)できる」と言わなければならない。それが礼儀なのだ。

なぜなのか。

「明日できる」というのは、「あなたのことを後回ししないで大切に思っていますよ」というアラブ流の「配慮」だからである。明日できるという言い方で相手を立てているのである。

1週間後にできると言うのは、つまり相手を後回しし、ないがしろにしている表れであり、失礼なことなのだ。

だから、1週間後にできるものでも、「明日できる」と返事をするのがアラブ人にとって礼儀なのである。これが有名なアラブの「明日(ボクラ)」という習慣だ。

あまりに有名なアラブ・マナーだから、知っている人も多いと思うが、知っていても日本人は受け付けないし、理解できないはずだ。

なぜなら、これは日本の礼儀から非常にかけ離れたものだからだ。これに馴染むというのは、すなわち日本の礼儀を捨てなければならないからである。

翌日アラブ人がやってきて「できたか?」と言われたら、どうすればいいのか。

簡単だ。また「明日できる」と言えばいいのである。納期まで「明日」と言い続けるのが「礼儀正しい人」なのだ。"
— 2 weeks ago with 2483 notes